
中学、高校、大学校では英文読解を学ぶものです。
だから英単語を記憶し、英文法を学んで、書かれた英文の中の英単語を全て日本語単語に置き換えた上で、日本語文章の順番に並べ替え、日本語文章として理解するという方法をやっています。
ところが学校を卒業して仕事につくようになると、英文読解だけではなく、どうしても英会話が出来るようになりたいと思うようになります。
企業内での昇進や採用にも高いTOEIC点数が要求されることも多いのです。
それには英会話力が必要となります。
そこで、英会話学校、ラジオ、テレビ英語講座、英語の映画、CNN放送を聴くなど、更には、もっと徹底して英会話を物にするために300万円ほどもかけて、1年間もアメリカに語学留学に行くといった大げさなことをする人も現れるようになるというのです。
それでも、実際たいして英会話が出来るようにならないことが多いのです。
仕事の関係でアメリカに3年、ヨーロッパに5年も住んでいた人がいますが、語学留学のために1年をアメリカで費やしても英会話をものにするのが厳しい現実であることがつくづくわかったといいます。
と言うのは、日本企業から英語国に派遣されている社員、家族を見ているに、なんとか英会話が使えるようになるには、現地生活1年では到底ダメで、3~5年を要しているのです。
では、海外生活が長ければ、いいのでしょうか?。
英語国在住5年以上でも、教養あるネイティヴの成人の英会話力と比べれば、まだ、その三分の一程度のお寂しい英会話力しかついていない方がほとんどのようです。
そして、そこで頭打ちになってしまうのです、その後何年住みつづけても進歩しなくなってしまうということです。
これほど英会話は難しいものです。
母国語の日本語は、小学校にあがるまでにその基礎が完全に出来てしまうので、英会話も同じようにネイティヴの英語を聴きつづけさえすれば簡単にできるだろうと思っている人も多いようですね。
でも、そのように甘いものではないのです。
それは何故かを説明しましょう。
まず、日本語でも英語でも、会話が出来ると言うことは、文字ベイスで我々の頭は動いているということではなく、あくまで言語音声を媒体として我々の頭が動いているということに気付かねないといけないのです。
生まれてから、子どもが母国語が出来るようになるこのプロセスをもう少し突っ込んで考えると、両親その他の日本人がしゃべる日本語音声が、テイプ・リコーダーのように、こどもの頭に録音され、それが再生されるということなのです。
テイプ・リコーダーは録音・再生機能が非常に優れていて、1時間もの長い演説でさえ(日本語でも英語でも)簡単に録音して、再生することができるでしょう。
人間の場合は、この言語音声の録音再生能力がテイプ・リコーダーよりも落ちるということになります。
それでも小さいおこちゃまの場合は4~5回の録音で再生できるようになっているようですね。
だから小学校にあがるまでに母国語がしゃべれるようになるということが現実になっているのです。
しかも、ここが人間の場合とテイプ・リコーダーと違うところですが、人間のおこちゃまは言語音声の録音再生が出来るだけでなく、それと一緒に、しゃべられた意味をも合わせて録音再生できるのですよ。
これは人間以外でも、たとえば鳥のオウムでも同じことになっています。
例えば飼い主が外出先から帰ってくると、オウムに「お帰り」を教えますが、これを何回かオオムが聴いていると、主人が外出先から家に帰ってくるたびに、オウムの方から「お帰り」と言うのはよく知られている事実です。
情況判断により自然に「お帰り」の音声が口から出てくるようになるということです。
でも、オウムはほん限られたことしかしゃべることができませんが、人間の場合は何千、何万もの言葉を聴いてしゃべれるようになるのが異なる点です。
ところが人間も大人になるとこのテイプ・リコーダー能力がガタ落ちとなり、4~5回ぐらいの録音再生訓練くらいではダメで、その10倍の40~50回ぐらい録音再生訓練をしないと定着しないようになるということが知られています。
だからネイティヴの外国人が英語をしゃべるのをただ聞き流すだけだと英会話は出来るようにはならないのでしょう。
このようにテイプ・リコーダー能力が落ちているというハンデを無視してしまって「聞き流しで英会話ができる」とか「赤ちゃんの言語習得と同じプロセスでやれば英会話ができるようになる」といった教材や学習法がたくさん出回っているではありませんか。
実は、全く効果が無いのです。
このように「聴いたりしゃべったり」というプロセスにより英語音声を頭に録音し、状況に合わせて自在に再生できる能力を培うのは「勉強プロセス」ではなく「芸事訓練のプロセス」ということです。
